月光の石、精神の果

伊藤 慶二 展

2009.4.11(土)- 26(日)



初々しい春の午後の日差し、清浄な空気漂うアトリエ。多くは語られない、が十分な間を置きポツリポツリ話される言葉。「原始美術や…若い頃はお寺さん巡りをよくして」、好んで観てきたものがフィルターを通し昇華され、その両の手で形作られ、生み出されてきたのだろう。

デリケートなフォルムが本能的に好き、なのだと言う。例えば、筆の線よりペンの線…ボテッとしたものに抵抗を感じていたが、最近になって少し変わってきた。「力を抜いてやったつもりが、それでも後になって観ると、やりすぎちゃったな、ということがまだあります」穏やかな笑みを零す。

見せるということは感じさせること、これまで気付かなかった何かを感じてもらうこと、根底にはピンと張り詰めたイズムが流れる。蜜を求める蝶が、花粉を運び、やがて結実に繋がる自然の理。純粋に希求するカタチを作り出せば、それが触媒として機能するのか。繊細で豊穣な量塊に触れた私たちの中に、観ている最中や直後、また時空を超えて結ぼれる精神の果。

どこかチャーミングでありながら、具象的なものに映っても一切“説明”ではない形。器に花や食材を盛るようにオブジェに意識を預ける。と、作品の背後に流れる空気が胸にざぁっと流れ込んでくる、感覚、或いは錯覚?だとしても、分析解析などそっちのけ、心はそのまま伊藤慶二の庭を歩いていたくなる。

1960年代から近作までが会する今展。花と緑の暖かな風に足取りも軽く、駅からの坂道をおいでください。