記憶の成層圏IV

国島 征二 展

2011.3.12(土)-4.10(日)



兎角、異端視されがちだった中世の錬金術師たち。彼らは単に鉛を黄金に変えたり、人工生命体を生成していたのではない。物質の変成は表層的事項であり、物質と同じく自らの魂を磨き、純化することを真の目的とした。そんな錬金術師たちと、作家の姿が自然に重なる。今展、国島征二が主な素材として用いたのが、鉛だったからというだけでは無論ないのだが。

何もかもがスムーズで好都合、今様な完璧さを指向するのではなく、パーフェクトな世界から離脱したいのだという。敢えて自分の手跡をべったりつけ、はっきりと意志を介在させる。しかし、その佇まいは至ってクールだ。

重く、放射線さえ遮る、また毒性をも含んだ、鉛の強さ。彫刻は、素材と向き合う仕事。石ならば石の色、青銅ならば青銅の色、そこに彫刻的な考えに則り色を置く。素材としての色の色を。国島が選んだのは、赤と青。対比するこの二つの原色、それは、モノクロームに一等映え、ストレートに世界を異化する力を秘める。時折、加えられる白は、瞬きのあわいの煌めき、或いは、音にならない音か。今回、立体作品の原点とも言える「袋シリーズ」をモチーフとした 年代の版画作品が見つかったのだが、そこに使われている色も、モノクロームに赤×青だという点が興味深い。

未だ明けきらぬ中、作品のことを考えながら目を醒ます。その頭のまま、灯りをつけ、湯を沸かし、アトリエへ向かう。作品と対峙する。質量とは物質の本質、形相は物質の特徴、質量から形相を差し引き、加え、化学反応を起こす…錬金術さながらに、続けられる日常と等記号で結ばれた制作。純化された魂の果は、作品となって今、目の前に展開される。