詩としての彫刻

丹羽 康博 展

2011.7.23(土)-8.14(日)



箱におさめられた一枚の葉。これはただの落ち葉ではない。

「I caught a falling-leaf.」枝から離れた葉が、落ち葉になる前につかまえられたもの。ふわり、クルリ、葉の落下の時間ごと、リズムごと閉じ込めたような作品だ。「詩としての彫刻」丹羽康博が提唱するこの考えは、彫刻という言葉にひそむ硬質なイメージを、途端、やわらかなものへと変化させる呪いにも思われる。

ものとものを繋げ、連鎖反応を起こす詩の作用。それを自らの制作に反映させることは可能だろうか? 試みは2007年からスタートする。そして、彫る、溶接する、塑造するといった彫刻的行為ではなく、(葉を)つかむ、(雫を)集める、(紙を)刻む、(埃を)払うというような、きわめて日常的な行為から数多くの作品が生み出されていった。誰にでもできる行為。誰がしてもいいし、しなくてもよい。しかし斯くして目の前に表れた形は、時折ひっそりと美しい言葉を呟き、私たちをはっとさせる。

素材と行為を、彼の詩が透明なリボンとなり結ぶ。結び目の向こう、背景の世界は、はらり解体される。当然のように、そこにあった約束事は露になり…。真夏の日差しに漂白された坂道の先、丹羽康博の詩を水先人にどこにも属さない属せない、意識から一足踏み出した場所への旅に、どうぞおでかけください。