Nobody is there.

石田 典子 展

2012.5.12(土)- 5.27(日)



ドローイングを切り、別のドローイングに貼りつける。ぽっかりとした間が生まれる、浮遊感。紙の厚み分のエッジ、世界がそこだけ変換される。主に版画を制作していた時から好んだ技法だ。版画から描くことへ。描くことは自由だから終われない、終われない終わりに自身で終止符をうつ。刷る代わりにハサミをいれる、貼る。

「昔は物語の中に登場人物が沢山いて、それをモチーフにしてました。でも、今はみんな居なくなっちゃったんです。どっかに行っちゃって」事もなげに石田は言う。そのことにさしたる不安はない。なぜなら、(時折現れる通りすがりの者を除いて)登場人物が居なくなっても、物語は続いているからだ。人が居ないので以前ほど容易く、私たちがストーリーを読み取れないというだけで。

環境の変化も手伝い、今は[住まうこと]や[空間]に興味があるという彼女。昨年海外を旅行した際も、出会った作家がどんな場所でどんな生活をしているのか、表現のベースとなる暮らしぶりに自然と目が向いた。そして、気がつくと家のような形を描くことが多くなった。

しかしこうも口にする。具体的な何かを描きたい訳ではないんです。例えば、気持ちの縁に引っかかったままの、見たはずなのにどうしても思い出せない昨夜の夢。きっかけがあれば一息に解けそうなのに、糸口がみつからない。彼女は「こんな感じ」を丁寧に紡ぎ、観る者にそっと差し出す。世界とすり合う瞬間立ち上る。残り香。私たちは感じる。かつてそこに住まっていた、存在していたものの気配を。そうして、静かに進行している物語の時間軸を。
R・E