これまでは「祝われることのなかった子どもが、大人になり自の手で祝う儀式を繰り返してきた。禁じられた祝福を自身に与え赦しを獲得しているのだ」と植松ゆりか。「今回、等身で扱える大きさで過去を見つめ直したい。大きすぎた痛みを手のひらの寓話にし、自分で癒せるサイズに変換するために」と続けた。
小さな傷も重なれば大きな痛みとなり、ゆっくりと時間をかけて蝕むだろう。「密やかな手元の操作」で浄化の果ての「残りかす」や「かけら」たちと向き合う。静かに触れるとそれら小さな破片たちが動き出す。欠損すら、どうしても消しようのない身体の一部、痕跡なのだから。
祝福と痛みが共存する瞬間、祝祭の残響、手の中に残った欠片を昏い森の中、菓子の標の代わりぽたりぽたり落としてゆく。それは過去を消し去るためではなく、地続きの今、そしてその先へと向かうための新しい道筋。自らを赦し、祝福する者へと変われるように。


